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| 朝ラーメン ハングオーバーの 胃にしみる 昨夜は飲み過ぎた。二日酔い気味である。ここはひとつ「朝ラーメン」といきたい。昨夜寝る前に、「明朝はラーメン」と決めたような気がする。直ちに、本町に向かう。 「○○田」へ。 あっさりスープと喉越しのいい細麺、香ばしい醤油風味のバラ肉のチャーシュウ、和風ダシで煮込んだメンマ、青みはホウレン草。刻みネギは朝の香りだ。 なるとの赤に、休日のやすらぎを感じる。 しゃきっとしない体に、あうなー。 本命を 後出しにする メン談義 ラーメンを嫌いな人には、あまりお目にかかりません。しかし個々のラーメンの嗜好となると、なぜか意見が大きく分かれます。新作ラーメンは、半数の人の支持を得れば大ヒットすると言われています。 コッテリで一致して話が盛り上がっても、いざアッサリとなると、「あそこは、どうも合わない」などと話がかみ合わなくなったりします。 そこで、ラーメンの嗜好の話は相手の手の内を探り駆け引きをしながら、本命はどうも後出しになってしまいます。 霍乱は 豚の呪いか チャッチャ麺 「背脂チャッチャ系」と呼ばれるラーメンがあります。 東京の環状7号線沿いの人気店「土佐っ子」では、どんぶりを17個並べて、網ですくった豚の背脂をラーメンにかけるパフォーマンスが売りでした。客17人がいっせいに食べ始め、いっせいに交代するというシステムをとっていました。ほかにも背脂をかける店はありましたが、「土佐っ子」ほど、印象に残るパフォーマンスはなかったようです。 あるラーメンマニアがこの背脂をかける擬音を、「チャッチャ」と表現したのが、「背脂チャッチャ系」という言葉の始まりです。 背脂チャッチャ系のラーメンを食べたところ、思いがけず体調を壊したという、たわいない句です。 貼り紙の 冷やし中華よ 目を覚ませ 「目に青葉」の頃になると、スイカや花火などと一緒に冷やし中華が描かれ、マジックペンで「○月○日から冷やし中華始めます」と書かれた水色の貼り紙が、ラーメン店に貼り出されます。 そうです、待ちに待った冷やし中華登場の予告です。 今年も満喫するぞ、冷中の夏。 水ギョーザ 異国の香り 今いずこ 何を注文しても、カウンターの中の女性が「水ギョーザ食べねが」と、中国語なまりで勧める店がありました。水ギョーザは中国の家庭料理の味なのでしょうか、お世辞にもうまいと言えるものではありません。ラーメンもコクがないというか、ちょっと違うんじゃないかという味でした。 その店は数年でなくなり、今は別のラーメン店が営業しています。なくなればなくなったで、淋しい。 |
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白妙の ころもはがれし かつラーメン 某大衆中華料理店の「とんかつラーメン」は、ラーメンの上にどんぶりの縁からはみ出るような大きなとんかつを乗せた、乱暴な一品です。とんかつのころもが厚く、肉からはがれている情景を思い浮かべてください。 一度食したことがありますが、「とんかつ」と「ラーメン」はまったく別の機会に食べるべきだと悟りました。 「白妙の ころも・・・」は、持統天皇の「春過ぎて 夏きにけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山」 からパクらせていただきました。 とんかつが、白っぽく見えたと解釈していただければ幸いです。 バンダナと Tシャツには 一流店 バンダナ、Tシャツはいまや新規開業のラーメン店の必須アイテムです。ロゴが入っていて、見た目にもやる気が感じられ、決して悪いものではありません。元祖は、新宿の「麺屋武蔵」あたりではなかろうかと、目星をつけておりますが確証はありません。 「バンダナとTシャツには、ロゴが入っていて、店員の鼻息が荒く、一流店の雰囲気なのだけれど、味がね―」という句であります。 こういうイヤミばかりが頭に浮かぶ今日この頃です。 ラー博は 遠い昭和の 夕にあり 新横浜ラーメン博物館、通称「ラー博」はラーメンテーマパークとして、1994年に開業しました。 折りしもラーメンブームに乗って、と言うよりもラー博がラーメンブームを牽引した感もありますが、いまだに衰えを知らない繁盛ぶりだそうです。 再現された昭和30年代の東京下町の町並みに夕焼けが映え、全国から選りすぐったラーメン店8軒が店を構えています。 それにしても、何であんなに混んでいるんだ。 ゆったりと 時の流れる 老舗かな 新潟のラーメン店の老舗といえば、「来○○」、「蓬○○」、「○○楼」、「○吉○」、「○○の○○○」、「関○ ○○亭」などがあげられます。老舗中の老舗「○盛○」は黒崎地区に新築移転しました。 老舗のテーブルや椅子には数多く人が慣れ親しんだ優しさあり、どんぶりの塗りがはげたところには骨董の風合いを感じます。余計なお世話ですが、店に借金はおそらくありません。そのせいもあって、店のなかにはゆったりと時間が流れているような気がします。 暇な時間帯に店に入ったので、そんな気がしただけかも知れませんが。 ラーメンは 無頼なのだと 修司言い 修司とは、鬼才寺山修司のことです。寺山修司は、詩人、劇作家、映画監督、競馬評論家などの多彩な活躍をし、1983年、47歳の若さで亡くなりました。 著書の『書を捨てよ、町に出よう』の「第2章 きみもヤクザになれる」のなかで、カレーライスとラーメンについて述べています。無頼という言葉は使っていませんが、真意は「ラーメンは無頼」と解釈できます。 彼ならきっと、「ラーメンは無頼だ」と酒場の片隅で怒鳴ったはずです。一緒に飲んでいた唐十郎は、酔って目がうつろ。ほかの客は、遠巻きに恐る恐る見守るだけ。そろそろ酒場が閉まる時間。そんな光景が目に浮かびます。 |
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