テレピや雑誌はラーメン特集が花盛り。豚骨や煮干どころか魚粉入り、鮎やサンマダシスープまで登場。客は行列してありがたがって食べている。だがあんな臭いラーメンが本当にうまいのか?ミシュランの覆面調査員を務めた筆者が敢えて「王様は裸だ」と看破。
ふう、ようやくカウンターに座れたぞ。チラリと時計を見ると、行列に並んでから35分。ここは東京のラーメンでは必ず語られる店なのだ。
さあ来た。うわっ、なんとモロに濃い醤油色のスープ! おまけに表面にはどっぷりと正体不明の油が光りメンマも煮豚も煮タマゴ(多分)も真っ黒の液体に溺れて全貌が見えない。
さっそくスープを飲む。極度に塩っぱいだけで味がない!えっ?何なのだこれは。いや醤油と油と、なんだか「ひりひり」と口の粘膜を焼く要素があるのはわかるが、ラーメンであるべき味がない。
おっと、スープが冷めるにしたがって急に「ひりひり」の正体がダシなのだとわかってきた。うえ、こんどはダシの逆襲だ。喉から脳にコンデンスれた煮干の臭さが噴き上っていく。ダシの本分を忘れた濃さだ。それに醤油を補強する方向にしか働いていない。つまりダシが醤油の塩分をあおっているだけで、ダシの馥郁(ふくいく)とした世界を語っていない。えい、はっきり言う。これは料理というものではない。
それからなんだ、この麺は。まるで茄でる前の半乾燥状態のままじゃないか。スープが煮えたぎるほど熱いので丼の麺がどんどん煮えていく……いかない。硬いままだ。なんて強情な。ほんとうに麺なのか、おまえは。
思わずまわりを見渡した。しかし店員は平然としているし、客もみんな満足気に麺をすすり、スープをしゅうしゅうと飲んでいる。なぜなのだ。なぜこんな『愛のエプロン』のワースト女みたいな味にみんな群がっているのか。
彼ら彼女たちは、この殺人的単一醤油味の塩分をすりぬけて、さまざまな味覚を味わいわける能力を持っているのだろうか。そして合法ドラッグみたいな脳天クラクラのインパクトだけを求めているのか。それとも、脳髄に強烈な刺激が与えられた一瞬に、すべての味覚を察知しなければならぬという、とんでもなく過酷な社会に住んでいるのだろうか。
臭い。動物臭い。二カワ臭い。
こんなの食べては病気になる。ラーメン屋のカウンターで哀れ、脳溢血に死す、ということになりかねない。出よう。健康第一!
ラーメンをあらかた残して店を出た。どうもこのところ、初めて入ったラーメン屋でこんな目に遭う。このままではラーメンに心がかきたてられなくなりそうなイヤな予感がする。これではいかん。
ふと書店の前に来たので、レジの前の「ラーメン本コーナー」で何冊か参考書を買い、電車の中で読む。先の単一醤油味の名店は、はんつ遠藤著『取材拒否の激うまラーメン店』では「数種類の煮干をブレンドした(中略)芳醇な煮干の香り」とあり、『石神秀幸ラーメン
SELECTION 2005』では「豚骨べースに煮干が利いたスープは絶品」とベタ褒めだ。しかしいったい「芳醇」といえる味のかけらがあるのか。それに、ふうーん。あまりに醤油臭いので豚骨べースだとはわからなかった。まあ、煮干の味と臭いがする豚が棲息しているのかもしれないが。で、「絶品」ですか。あれが。
しかしなあ、俺だっていちおうグルメ張ってきた。パリにも北京にも住んだ。世界中でいろいろなもの食ってきた。天然物のシマアジとカンパチの味の差だって、舌の表面との微妙な親和性のよさで、これがシマアジだとわかるぞ。今日は風邪もひいていないし。
癪なので、ガイドブックが薦める店をまわってみることにした。
まず、赤坂の裏手にある「ラーメン屋 秀」に行く。『佐野実&武内伸 ラーメン見聞録』では「マジメな味」と評され、絶賛している友人も多い店だ。まるでフレンチかイタリアンのような店構え。「とろ肉ちゃーしゅー麺」を注文。博多で有名な「秀ちゃん」の主人の東京出店とか。
うむ。覚悟していたが、ここの豚骨スープは臭い。動物臭い。ニカワ臭い。スープになって、さらに哺乳類のアイデンティティを主張する豚骨スープは、世界で最も臭いもののひとつである。そして豚骨圏の九州・博多でも、これは元来、突然変異的な臭いであったことだろう。博多の料理は江戸東京の料理よりも臭いものは少ないのだから。
それにしても、麺の小麦粉の味とクサさとがどう合うのか、その味覚の組み立てがわからない。この動物臭スープの前では、戦後すぐの悪臭ぷんぷんの麺(あれはあれでよかったのだけれど)でも太刀打ちできないだろう。
じっくり味わってわかった。多くの博多豚骨ラーメンの麺は、味よりも噛み心地が勝負なのだ。それなら硬いほうがバランスがとれる。「ラーメン屋
秀」も、やはりその流れなのだ。しかしだからと言ってこの臭いを東京で撒き散らすのはいかがなものか。九州の土地で生まれ育ってようやくわかる味覚なのだから。
まあ札幌や博多など御当地ラーメンに文句を言うつもりはない。しかしあれはあくまで御当地のものです。その地方の出身者が東京を埋め尽くしているとはいえ、わざわざ東京に出てきて大きな顔してもらいたくないと思うのだ。
ラーメンとは別の食べ物
そして次に文京区音羽にある『TVチャンピオン ラーメン職人選手権』優勝者の「柳麺
ちゃぶ屋」に行く。私のまわりにもファンが多く、ぜひ一度、なんて以前から誘われているのだ。ここもキャフェを思わせるモダンなイタリア感覚の作り。
スープは意外に柔らかめだし、麺も煮豚もバランスがいいかも。『ラーメン見聞録』によると味噌ラーメン用の味噌も粉もこの店のプライベートブランドがあるらしい。しかし食べているうちに、「料理屋の料理」とか「お店の味」というものが希薄なのに気づいた。つまり、街場の味がしない。実は、これはいくつもの店で湧き上る「?」なのだ。
だいいち、具がおかしい。味タマゴやメンマをむしゃむしゃやっていると、ラーメンとは別の料理を丼にぶちまけた感じ。ビール1本と一緒に別皿に盛って来てという具で、ラーメンの味わいと一体になっていないのだ。プロの味にあるまじきバラバラ感に思えてならない。
そんな「?」が加算されるまま日がすぎた。
日暮里に行く用事ができたので、さっそく参考書をひもとく。『石神秀幸 ラーメンSELECTION 2005』に「麺や
葵」が載っていた。
豚骨スープと魚介系スープをブレンドした最近の流行り系で、魚介ダシには宗太節、サバ節、煮干、おまけに丼に魚粉まで入れるという。
こいつは食べて驚いた。紹介されているように魚介の臭いは強烈無比。生臭さが口から喉へ鼻へと引っ掻き回しながら吹き抜け、たったひと啜りでノックダウンされた。こんな恐ろしい味がこの世にあるとは知らなかった。
しかし例によって客は並んでいるのだ。こんな凄まじい臭いと味を、どうして最近の日本人は好きなのだろう。今までの東京には存在しなかった臭さである。もしかすると「滋味」で語られるべき日本の伝統味に、市民革命が起きようとしているのか。しかしそんな革命は絶対に認めない。
やっぱり、どうしてもへンである。ラーメンと言うからラーメンだと思っていたが、これはラーメンとはまったく別の食べ物だ。
「巨大な勘違い」の店主たち
それになんだか妙に狎(な)れた正直そうなところもあって気味が悪い。そればかりか、ラーメンというものが持っていた最大の調味料が、どの店も欠落しているように思えてならない。
それが何なのかはともかく、だから悪い雑味だけが目立ってしまう。そもそも脂は雑味と容易に結びつくが、純粋な旨み成分とは反発しあうものである。
ラーメンは、厳選された素材がどうのという料理ではない。どこかウソっぽいのに、しみじみと旨いというキラキラとした秘密を持っていた。その魅力が、ラーメンの精神的スタンスだった。それがあってこそ社会の荒涼とした現実と自分との関係を噛みしめることができる、実存主義的たべものであった。
つまりラーメンのうまさは、ウソとマコトのあいだにある儚(はかな)い薄い膜、虚実皮膜にある。
それが今では、小さなウソを大きなウソに見せかけて知らん顔し、雑味をコクだと言いくるめる傲慢さ。その一方で自分のついているウソに気づかない、あまりにも素人っぼい愚鈍さこそ、ラーメン屋の主人に求められる最大の資質のようなのだ。
そこに客がからむ。なんという不思議で気味の悪い共同体なんだろう。人気店の行列を見ている限り、ここが食べ物屋だという暖かさがない。
そんな行列の側面を歩きながら思った。そもそもどうしてみんな並ぶ、ということに慣れきった子羊のような顔つきなのだろう。もっと「さあ食うぞ」というギラつきがあっていいと思うのだが。
そもそも昭和24年の生まれの私としては、無防備な状態で立たされるのは屈辱を感じる。自分がなにほどのものかは知らないが、この世に男子として生を受けた以上、衿持というものがあろうが。ラーメン1杯のために一人ぽつねんと寒空に立ちつくして待つなど、実に悲しく惨めだ。
何軒もまわってわかったのだが、今、ラーメン作りには何の制約もない。そのせいで無定見に次々と新しい味と組み合わせが生まれている。恐ろしいので行っていないのだが(だらしがないね)、鮎や鯛をダシにしている店などもあるし、驚くな、サンマを焼いてその絞り汁をダシにしている店も存在するらしい。
だいたい制約でがんじがらめにするのが料理というもの。料理にも法律はあるのだ。まんなかにワサビを入れて野球ボールのようなオムスビを作り、まわりにマグロの刺身を貼りつけて「へい、江戸前一丁」なんて寿司を握る、じゃない、固める寿司屋があったとしても、そりゃ寿司ではありませんてば。
しかしそんなラーメンを作って物凄い料理を作っているように巨大な勘違いをしている店主たちがなんと多いのか。
世田谷のある店は凄かった。スープの上、1センチほどが脂と油の層だった。つまり下にある醤油スープを飲むためには、脂と油を飲み干さねばならぬ。俺はタイタン星人ではない。それにお前さんが作っているのは、やっぱりそれは料理ではないんだよ。
なにかがおかしい。職入は頑固なものだからラーメン屋もそうしようというのか、みんな傲慢で頑迷を気取っている。
それを主人のストイックな生き方だと誤解する客が増えた。客は主人と一心同体になれる参加を求めている。客という大衆と主人という大衆のワケ知り合戦。今後新しい宗教はラーメン界から起きる。これは確実だ。不愉快だ!
さてその脇では見るからにたどたどしくラーメンを作る「ボク、アマチュアです。よろしく」という店主たちも、ちゃっかりテレビのラーメン番組と完全タイアップ。人生処世術とラーメン作製術との技量の差がありすぎる。
思えばこの人生で外食した初めての記憶は4歳の冬、ラーメンであった。家庭の食卓の味とはまったく違う食べ物だった。何しろガラス戸一枚で、外の雑踏と区切られているだけなのだ。
それがよほどうまかったのだろう、外食といえばラーメンと頭に強烈な「刷り込み」が行われ、9歳までの5年間、外食につれて行ってもらっても絶対にラーメンしか食べなかった。
だから外食でうまいもの食べようと思っている両親は、次第に2人だけでこそこそと出かけるようになってしまったくらいで。ともかく、その昭和28年から33年の5年間で、浜松町、新橋、銀座、日本橋の京浜国道ラインにあるラーメン屋をほとんど(たぶん)制覇したはずである。
丼の中で刻一刻味が変わる芸
かつてラーメンは風俗であった。風俗産業よりも時代の風俗を如実に写す鏡だった。その社会の隙間風感、隙間風が匂わせるホコリ感。それを表現できる中華そば屋のおじちゃんがいたものだ。
それなのにどこかでボタンのかけ間違いが起こり、やらなくてもいいこと、本物のプロならば絶対に踏み込まない袋小路の掘り返し工事ばかりやっている。そのおかげで、戦後に育ったかつての美しく楚々とした東京のラーメンは純粋東京人とともに死につつあるじゃないか。
何軒も食べ歩いた結果として、とろみのある高濃度スープなんてもういやだ。あれはスープではない、日本蕎麦で言うのなら「つけ汁」に等しい濃さである。麺が硬いのもいやだ。乾燥パスタのアルアルデンテと混同しないでもらいたい。正常な人体なら病気になる不健康さが、何で主流になってしまったのか。
私がはるか昔に記憶しているラーメンは、チャーシューやメンマやナルトなどを乗せることでおしまいではなかった。熱いスープに浸すことでメンマからは酸っぱいような味が流れ出し、アブラの多い三枚肉は隈りなく薄く切ることで脂が溶け出してぷりぷりした。ラーメンはトッピングを乗せることで、もう一段階、調理されたのである。それも客の目の前で。
そう、丼の中には「丼時間」という現実とは異なる時間の進行があった。丼の中で刻一刻と味が変わっていく、それがラーメンの芸というものじゃなかったか。実際に「あのラーメン屋は出前のほうがうまい」という店があったもの。思い出すなあ、今はなき新橋の「京華」。今でも出前を注文した電語番号を、初恋の女性の名前のようにずっと覚えてる。
あんまりいろいろな店のケチをつけたので、じゃ好きなラーメンはないのかと言われそうだから、あえて個人的に気に入っている店をあげると、横浜の大桟橋入り口際にあるテント作りの「ザ・ラーメン屋」はいい。キザな言い方すれば、吹きだまりの詩情がある。悲しいのについつい口ずさんでいる街の歌がある。ラーメンの記号をひとつも取りこぽしていない。実に芸達者なラーメンだと思う。
あーあ。
スープから東京の街の匂いが香った昔のラーメン。
東京にはもうないのか。 |
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