安藤百福(あんどうももふく)
1910年〜2007年。
台湾生まれ。立命館大卒。
インスタントラーメンを事業化し日清食品を興した創業者。
独力でラーメンの研究を始め、1958(S33)年に「お湯をかけて2分間」の即席ラーメンの第一号「チキンラーメン」の製造を開始、爆発的な売れ行きを見せた。
発売後、消費者から「精がつく、肌につやが出る」などの賞賛の声が寄せられ、1960年に厚生省は「妊婦の健康食品」として推奨し、「特殊栄養食品」に認定したというエピソードがある。当時は、麺に卵が練りこまれていた。
1971(S46)年にはカップめん「日清カップヌードル」を発売。発売直後は売れ行き不振だったカップヌードルが爆発的に売れ出したのは、1972年2月に起こった浅間山荘事件だと言われている。非常食としてカップヌードルを食べる機動隊員がテレビに何回も繰り返し映し出され、カップヌードルが一般に広まった。
その後も数々のヒット商品を発案、日清食品を世界10カ国で年間100億食を生産する世界一の即席めん会社に育てた。
安藤さんは、1日に1食はインスタントラーメンを食べていたが、その理由はインスタントラーメンが身体に良くないと批判されたことに、「身体に良くないものは売らない」と抗議するためだと言われている
1981(S56)年から日清食品の会長を務めていた。
2007年1月5日没。 |
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